僕が経営するCafe「らんすみれ」は、25年前はその名のとおり、Cafeとしてスタートした。
それから20年後。
客「そちらのお店で、モデルの写真を撮らせてもらえませんか?」
突然、お客さんは僕に言った。
どうやらカメラマンで、モデルを撮影できる場所を探しているらしい。たしかに僕のCafeは、白い珪藻土の壁で、柔らかい自然光が入ってくるので、きっとカメラマンである彼の目から見ると、被写体を美しく撮ることができる場所だと思ったのだろう。
僕は昔から古道具が好きで、店内にはユニークなディスプレイを飾ってある。そういった小道具も気に入ってもらえたのかもしれない。
「いいですよ」
僕はとっさに答えた。
コーヒーの香り、楽しそうな話し声、じっと座って本を読みふけっている人。そんなCafeはもちろん好きなのだが、何しろもう20年もやっている。何か新しいことがしたかったのかもしれない。カメラマンから質問されて、反射的に「いいですよ」と答えていた。
後日、カメラマンは可愛らしい女性を連れてCafeにやってきた。撮影の日はもちろん貸し切りだ。
同じCafeなのに、その日はまるで違う店に見えた。この箱はフォトスタジオにもなれる顔を持っていたのか、と少し驚いたぐらいだ。
カメラマンは自然光が入る窓際にモデルを座らせ、様々なポーズを要求する。プロではないようで、どこかぎこちない様子がありながらも、真剣な様子でファインダーを覗き、シャッターを押していた。モデルもアマチュアのように見えたが、カメラマンの要求を的確に理解し、応えようと努力している様子であった。
デジタル一眼レフのモニターに表示される写真を確認しながら、撮影は進んでいく。
僕はその様子を、少し離れたキッチンから見ていた。いや、正確には見たり見なかったりした。あまりじろじろ見るのもどうかと思ったからだ。
彼らを見ない時間は、もうオープン当初から使い込んでいる、古びたカリタのケトルをコンロで火にかけ、ハンドドリップでゆっくりコーヒーを落として、本を読んでいた。
いつもはフロアに出て、お客さんと世間話をして、呼ばれたら注文を受け、料理をして。そんな慌ただしい時間が当たり前だったのだが、今はただじっと時が流れるのを待っている。
こういったCafeも、いいかもしれない。僕が少し変わった瞬間だった。
それから、ポツポツと「写真を撮らせてほしい」というリクエストがくるようになり、「Cafeらんすみれ」はファッションクリエイター&古道具ファンをターゲットとした、「Cafeスタジオ らんすみれ」へと変わっていった。
さあ、物語のはじまりはじまり。
ハリウッド映画やダン・ブラウンが書くような小説のように、ハラハラドキドキするシーンはないかもしれない。もしかしたらサザエさんのような、愛すべきマンネリ小説なのかもしれない。
その後の「らんすみれ」には、クセのある、でも憎めない、いいやつらが出入りするようになる。らんすみれと僕と、アーティストたちが毎週繰り広げる物語、それが『&Artist』。
つづく。
企画・文/tocco
「Cafe らんすみれ」も「僕」も実在しますが、物語や写真はフィクションです。引き続き、「Cafe らんすみれ」に没頭する「僕」や、作品作りに没頭するアーティストたちの、新感覚コラム『&Artist』をお楽しみください。※ただし、店内の写真はだいたいホンモノです。
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