【連載:美味口福を読む】
本に登場する料理やスイーツを、食べてみたいと思ったことはないだろうか。また、その作品を生み出した文豪や物書きたちはグルメであることも多く、そう聞くと彼らは何を口にしていたのか気になるだろう。そんな「本とグルメ」をテーマにお贈りするのが、連載【美味口福を読む】。イマジネーションを働かせながら、美味しい1ページを読んでみよう。
2011年12月に出版された小説「しあわせのパン」は、三島有紀子監督・脚本の映画「しあわせのパン」の完成後に監督自らが書き下ろしたものである。
物語の舞台は北海道の小さな街にある宿泊施設を備えたパンカフェ「マーニ」。店を訪れる客は皆、心に傷を負っている。彼らをもてなすのはカフェオーナーの水縞夫婦である。美味しいお料理と、焼きたてのパン、コーヒーが客たちの心に優しく染み渡る。
この本を読み終えると脳内は「焼きたてのパン」でいっぱいになるはずだ。それほど見事に描写されており、まるで豊かな小麦と芳ばしい香りが本の中から漂い、鼻腔をくすぐる気さえする。その香りに思わずうっとりし、胸いっぱい深呼吸をしたくなるほどだ。
「シナモンロール」「クグロフ」「カンパーニュ」「クロワッサン」「山型パン」「ライ麦パン」「コーンのパン」「グリッシーニ」「フォンデュ」「栗のパン」「お豆さんのパン」と作中で多くのパンが登場する。
上記のパンで筆者が興味をそそられたのが「クグロフ」というパンである。作中では下記のように表現されていた。
”ちいさなガラスの小皿に入ったレーズン、オレンジピール、ドライクランベリーが整然と並んでいた。水縞くんはパン生地を大きくのばし、その上に、三つのドライフルーツをキレイに載せ、くるくると巻いていった。どんなパンができるのか、私はいつの間にかわくわくしていた。”
”「お祝い事があるときに作る少し特別なパンなんです。」”
”クグロフは、真ん中が空洞になったやわらかそうな大きなパンで、斜めにうねった蛇の目模様が入っていたフランスのアルザス地方のパンらしく、かわいい帽子の形にも見える。発酵にとても時間をかけるパン”
”初めて食べたクグロフはふわふわと柔らかくて、確かにほんのりと甘い特別なパンの味だった”
頭の中で「クグロフ」を想像し、造形し、味わってみたが、残念ながら食べたことのない味が口の中で完成することはなかった。実際に食べてみたくなり、情報収集をした。なんと「クグロフ専門店」なるものが存在した。通販ショップで取り扱いがあるので気軽にオーダーできるのも嬉しい。
◎KOBE MERVEILLE メルヴェイユ
◎Kouglof Life クグロフライフ
また、作中では「カンパーニュ」というパンが登場する。フランスパンの一種でその多くが丸型をしている。ライ麦粉や精製度の高くない小麦粉で作られる。バターなどの油脂類が一切入らないシンプルなパンだ。素朴な見た目と味わいから田舎風のパンという意味があるらしい。
カフェマーニでパンを焼く水縞くんがこんな言葉を客に投げかけた。
”カンパニオって言葉があるんです。僕はその言葉が大好きでして。カンパニオ、さてどんな意味でしょう。”
”ヒントです。もともとの語源は、”パンを分け合う人たち”のことなんですが、さて、なんでしょう”
客はしばらく答えが出なかったようで、岐路につく駅までの道のりで水縞くんに答えが見つかったと話した。
”カンパニオの意味わかりましたわ、共にパンを分け合う人々”家族”って意味ちゃいますか?”
”おしいです。”仲間”っていう意味なんです。でもそれが、家族の原点だと思っています”
日本でいう「同じ釜の飯を食う」ということだろうか。今は、日本でも種類を多く取り扱うパン屋には「カンパーニュ」が並んでいるのを見かける。気になる方はパン屋に足を運んでみてはいかがだろうか。
この「しあわせのパン」のキャッチコピーは「わけあうたびに わかりあえる 気がする」である。ひとつのパンを仲間と分け合う、そして人と人との繋がりを大事にする。自分の大切な仲間と共に笑顔と喜び、そして美味しさを共有できる時間はこの上ない幸せである。
文/cloud9
経歴:ラジオ局勤務、空港職員、IT関係、フードコーディネーター職などを経て現在は主にフリーライターとして邁進中。好きなことは、食べ歩き、旅行、料理、大相撲観戦、パワースポット巡り。好奇心旺盛でおっとりマイペースなタイプ。