昭和の文豪、芥川龍之介が愛したスイーツ【美味口福を読む1】

昭和の文豪、芥川龍之介が愛したスイーツ【美味口福を読む1】

Photo:Yokohama045

【連載:美味口福を読む】

本に登場する料理やスイーツを、食べてみたいと思ったことはないだろうか。また、その作品を生み出した文豪や物書きたちはグルメであることも多い。そんな「本とグルメ」をテーマにお贈りするのが、連載【美味口福を読む】。イマジネーションを働かせながら、美味しい1ページを読んでみよう。

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『羅生門』『鼻』『蜘蛛の糸』など傑作を多くの残した昭和の文豪『芥川龍之介』。誰しも一度は彼の作品を読んだことがあるのではなかろうか?

 彼はお酒を飲まなかったようで、無類の甘党だったという。文豪と言えば酒豪であろうという勝手な先入観から彼もその一人だと思っていたが、良い意味で期待は裏切られた。精緻さがあり、人間の心の深淵を覗かせる作風を持つ彼は神経質そうで、鋭い眼光の風貌からスイーツとは一見、無縁な気さえしたのだ。だが、甘党だと知り甘党の筆者としては一方的に親近感を覚えた。

 実は、芥川龍之介の作品の中にはスイーツが登場しているのはご存知だろうか?そのひとつが『両国本所』で登場した『船橋屋のくず餅』である。



”僕等は、「天神様」の外へ出た後、「船橋屋(ふなばしや)」の葛餅(くずもち)を食ふ相談をした。が、本所(ほんじよ)に疎遠(そゑん)になつた僕には「船橋屋」も容易に見つからなかつた。僕はやむを得ず荒物屋(あらものや)の前に水を撒(ま)いてゐたお上(かみ)さんに田舎(ゐなか)者らしい質問をした。

それから花柳病(くわりうびやう)の医院の前をやつと又船橋屋へ辿(たど)り着いた。船橋屋も家は新(あら)たになつたものの、大体は昔に変つてゐない。僕等は縁台(えんだい)に腰をおろし、鴨居(かもゐ)の上にかけ並べた日本アルプスの写真を見ながら、葛餅を一盆(ひとぼん)づつ食ふことにした。「安いものですね、十銭とは。」 O君は大いに感心してゐた。しかし僕の中学時代には葛餅も一盆(ひとぼん)三銭だつた。”

 『船橋屋』は、江戸文化二年(1805年)に東京の亀戸天神参道で創業した老舗和菓子店である。看板メニューである『くず餅』は、厳選された原材料と、手間隙をかけた丁寧な製法で仕上げられる。

 ひとつ頬張ると、モチモチとしつつしなやかな食感、つるんとしたのど越し、濃厚であるが程良い甘さの黒蜜と香り高いきなこ…三位一体となって絶妙なバランスが口いっぱいに広がる…まさに至福のひとときだ。

 芥川龍之介もこの味を食べるために学校を抜け出して店に足を運んだという逸話も残されている。そんな魅惑の味である『くず餅』は創業以来200年以上、世代を超えて今も多くのファンに愛されている。

船橋屋

 また、短編エッセイの『しるこ』で登場した『お汁粉』にも注目したい。この『しるこ』では芥川龍之介のしるこ愛が随所に溢れ出ている。関東大震災が起き、名店が無くなったことを嘆いている。彼の作品の中に登場する当時の『お汁粉』の味をいただけるのが2015年現在、『梅園』だけである。



”久保田万太郎君の「しるこ」のことを書かいてゐるのを見み、僕ぼくも亦また「しるこ」のことを書かいて見みたい欲望を感じた。震災以來いらいの東京は梅園や松村以外には「しるこ」屋らしい「しるこ」屋は跡を絶てしまつた。

その代にどこもカツフエだらけである。僕等はもう廣小路の「常盤」にあの椀になみなみと盛た「おきな」を味はふことは出來ない。これは僕等下戸仲間の爲には少すくなからぬ損失である。のみならず僕等の東京の爲にもやはり少くなからぬ損失である。”

 作中ではニューヨークやパリの人たちが『お汁粉』を食べている姿を想像するシーンが登場する。この味は海外の方にも認められる美味しさだと楽しげな様子が綴られている。

 『梅園』は安政元年(1854年)、浅草下町で創業。今も変わらぬ味を提供している。品質の良い北海道産のあずきを3時間かけて炊き上げられた甘さ控えめのあんこを贅沢に使い、中には香ばしい焼き餅が入った『お汁粉』。口に入れた途端、自然とその美味しさに笑顔がこぼれる。

梅園

 日々の慌しさから離れ、芥川龍之介の本を片手に読書にふける。そして今回、彼の作品に登場した『くず餅』と『お汁粉』で歴史あるそれぞれの味をゆったりと堪能しながら彼の生きた時代を回顧する。こんなほっこりした時間を過ごし、楽しむのも乙ではないか。

本所両国
しるこ

 

文/cloud9

経歴:ラジオ局勤務、空港職員、IT関係、フードコーディネーター職などを経て現在は主にフリーライターとして邁進中。好きなことは、食べ歩き、旅行、料理、大相撲観戦、パワースポット巡り。好奇心旺盛でおっとりマイペースなタイプ。

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