吉本ばなな『キッチン』カツ丼の情景を思い描いてみる【美味口福を読む7】

吉本ばなな『キッチン』

 

小説家・吉本ばななの代表作である『キッチン』。

死という重いテーマの中、思わず唾を飲むような『カツ丼』が登場する。カツ丼の香りやテーブルに置かれた情景を思い起こさせる。作中で強烈なインパクトを与えている。それほど無性にカツ丼が食べたくなるのである。

吉本ばななは1964年7月生まれ、東京出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業。卒業制作の『ムーンライト・シャドウ』が日大芸術学部長賞を受賞した。また、同年9月に海燕新人文学賞で『キッチン』が受賞。商業誌掲載、単行本が刊行され大々的にデビューを果たした。1989年に総合2位というベストセラーを記録している。人気の小説なので、読んだことのある方も少なくないのでは?

 

『キッチン』のストーリーはまず、最愛の祖母の死から始まる。この死をきっかけに、ひょんなことからご近所に住む田辺親子と三人暮らしを始めたみかげ。

みかげ、雄一、雄一の母であり父であるえり子さん、それぞれが重く暗い過去を背負っている。大切な人の死にもがき、孤独、絶望感、喪失感と戦っている。辛いことを経験した共通点があるからなのだろうか…三人の距離はあっという間に縮み、相手を思いやる優しさで溢れている。主人公であるみかげの心の成長、人間的成長、そして切ない恋に心打たれる。

作中にはキッチンが幾度となく登場する。まるで一本の光が差し込むように、そのシーンには不思議と色の付いたシーンが私の頭の中で構築される。食べることは生きること…どんなに深い悲しみの中でも食べるという行為を私たち人間はやめない。死と生のコントラストがバランス良く描かれている。

 

”やがてカツ丼が来た。私は気を取り直して箸を割った。腹がへっては…、と思うことにしたのだ。外見も異様においしそうだったが、食べてみると、これはすごい。すごいおいしさだった。『おじさん、これおいしいですね!』思わず大声で私が言うと、『そうだろ。』とおじさんは得意そうに笑った。

いかに飢えていたとはいえ、私はプロだ。(料理研究家のアシスタント)このカツ丼はほとんどめぐりあい、と言ってもいいような腕前だと思った。カツの肉の質といい、だしの味といい、玉子と玉ねぎの煮えぐあいといい、かためにたいたごはんの米といい、非のうちどころがない。”

 

ここで、カツ丼の出汁の黄金比を紹介したい。出汁、醤油、みりん=4:1:1の割合である。お店でがっつりとカツ丼をいただくのも良いが、自分で作った料理は妙な愛着も湧き、格別な美味しさであろう。カツから作ると手間はかかるが、きっとそれ以上の満足感を得られるはずだ。

そして、カツ丼が登場する場面は夜遅くであるにも関わらず、主人公であるみかげはあまりの美味しさに大切な人へもこの美味しさを届けたいと、カツ丼をテイクアウトして、遠くの街までタクシーで駆けつける程だ。

美味しさを分かち合うことは少し大げさかもしれないが、人生の中で大きな幸せであり、大きな感動であり、大きな喜びである。そして、美味しいものを食べることは、今ここで息をしていること、生きていることを、自分が存在していることを再認識させてくれる儀式のように感じる。それほど貴重な体験であると私は思う。

キッチン (角川文庫)

 

【連載:美味口福を読む】
本に登場する料理やスイーツを、食べてみたいと思ったことはないだろうか。また、その作品を生み出した文豪や物書きたちはグルメであることも多く、そう聞くと彼らは何を口にしていたのか気になるだろう。そんな「本とグルメ」をテーマにお贈りするのが、連載【美味口福を読む】。イマジネーションを働かせながら、美味しい1ページを読んでみよう。

文/cloud9
経歴:ラジオ局勤務、空港職員、IT関係、フードコーディネーター職などを経て現在は主にフリーライターとして邁進中。好きなことは、食べ歩き、旅行、料理、大相撲観戦、パワースポット巡り。好奇心旺盛でおっとりマイペースなタイプ。

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吉本ばなな『キッチン』

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