天皇の料理番、人生を変えたカツレツ【美味口福を読む3】

天皇の料理番【美味口福を読む3】

【連載:美味口福を読む】

本に登場する料理やスイーツを、食べてみたいと思ったことはないだろうか。また、その作品を生み出した文豪や物書きたちはグルメであることも多く、そう聞くと彼らは何を口にしていたのか気になるだろう。そんな「本とグルメ」をテーマにお贈りするのが、連載【美味口福を読む】。イマジネーションを働かせながら、美味しい1ページを読んでみよう。

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1979年、杉森久英著書の伝記小説で大正・昭和時代の宮内省大膳頭(料理長)を務めた秋沢篤蔵氏の生涯を描いた「天皇の料理番」が出版された。(※モデルは秋山徳蔵氏。小説内では秋沢篤蔵とされている。)

 そして2015年春、TBSテレビ60周年特別企画として、ドラマ「天皇の料理番」が放送された。篤蔵を好演したのは人気若手俳優の佐藤健。この春クールでは見事、民法ドラマの高視聴率首位に輝いた。「天皇の料理番」のドラマは2015年までに3度放送されており、それだけいつの時代も注目され、多くの世代に愛されている作品なのである。

 篤蔵が17歳の時、仕事で訪れた陸軍連帯で素晴らしい出会いが待っていた。それは「カツレツ」である。

”篤蔵は一口食べてみて「うわっ…こりゃうまいもんやなあ。わしはこんなうまいもん、これまでに食うたことがないわい」と嘆声をあげた。”

”カツレツほどおいしい物をたべたことがなかった。なんと香ばしい匂いだろう!天ぷらに似ているが、比較にならないほど濃厚で、強烈だ。豚肉の味もすばらしい。西洋料理というものは、みなあんなにとろりとして、こってりした味のものだろうか?これは新しい時代の味だ。料理の世界に、新しい分野がひらけたのだ。これからは、西洋料理の時代だ…。”

”「人はほんとに好きなことをして、一生を過ごすのが正しいのではあるまいか?わしには、料理の道に進むことしか、考えられん」”

篤蔵は料理人になることを志した。

そして21歳の時、渡仏した。差別や、当時まだフランスでも珍しかった東洋人への偏見、いじめなど幾多の紆余曲折を経て、問題は解決へと向かった。篤蔵はフランスでも技術力の高い庖丁さばきや料理の実力を認められたからである。相次いでフランスの一流有名西洋料理店でヘッドハンティングされ、西洋料理の腕を磨いた。

25歳で日本へ帰国、26歳という若さで宮内省大膳頭(料理長)となった。その後の活躍は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

初歩的な疑問だが、「カツレツ」と「とんかつ」の相違点は何か?皆さんはご存知だろうか?「カツレツ」というと、レトロでノスタルジックな昭和の響きがするが、実は、「カツレツ」は、フランス料理のコートレット(Cotelette)からきている。子牛肉や豚肉、鶏肉などをスライスしたものにパン粉を付けてバターなどでソテーしたもの。「とんかつ」は日本生まれの食べ物で、豚ヒレ肉の厚切りに、小麦粉、溶き卵、パン粉で衣をつけて油で揚げたものだという。

この小説を読むと、篤蔵の人生を変えた「カツレツ」に少なからず共感できるはずだ。脳裏に「カツレツ」が焼きつき無性に「カツレツ」が食べたくなるのだ。白いお皿の上に鎮座する魅惑的な肉の塊…それはまばゆい程の存在感…唾液を誘出するなんともいえない食欲を刺激する匂い…そして、一口食べると熱々でサクッとした衣に肉のうまみが口中に広がり、満足感と幸福感で身も心も満たされる。

実は2015年現在、日本で篤蔵ゆかりの洋食店が存在している。
まず、一店舗目が篤蔵が修行をしていた「築地精養軒」である。関東大震災と共に残念ながら消失してしまったが、支店の「上野精養軒」が営業を続けている。篤蔵も食し、洋食を学び、西洋料理の神髄を受け継いだ精養軒の味をぜひ試したいものである。定番メニューのカツレツも残存している。

篤蔵が料理長を務めた「老舗洋食店東洋軒」は明治22年に惜しまれつつも閉店してしまったが、歴史ある味は受け継がれ2014年に元赤坂の地で復活を果たした。大正ロマンを感じさせるクラシカルな店内が、更に食欲をかき立ててくれそうだ。篤蔵の愛した思い入れのあるメニューも並んでいる。

真面目でひたむき、人一倍の努力と負けん気の強い性格、寝る間も惜しんで貪欲に料理の知識を吸収した篤蔵。料理人になるという強い信念を持ち、初志貫徹の決意で挑み続け、我が国の西洋料理界のトップの座に君臨した男の人生は、決して平坦な道のりではなかったであろう。

天皇の体調を常に気にかけ、常に真心のこもった料理に注力し、出したお膳が空になって戻ってくるのがこの上ない喜びの日々であった。
 
なんと84歳まで天皇の料理番として現役を貫いた篤蔵。58年という歳月を料理に捧げた彼の人生に思わず嫉妬してしまった。羨ましくて羨ましくてたまらない。これほど自分の人生を自ら切り開き、自分の思い描いた人生を過ごせる人はほんの一握りであろう。この小説を通じて歴史、戦争、料理、そして一人の男のサクセスストーリーを垣間見ることができた。私の人生のビタミン剤になった。

そして、彼が執筆した本が後世に受け継がれている。現代人にとってもバイブルとなるであろう貴重な本の数々にも目を通し、参考にしたいと思った。

『仏蘭西料理全書』(秋山編纂所出版部、1923年)
『新フランス料理全書』(有紀書房、1966年)
料理のコツ』(有紀書房、1959年、新版1984年、中公文庫、2015年9月)等。

また、生前残した言葉がある。

”「料理を修業する者は━他の技術、芸術でもそうであろうが━決して不器用を嘆いてはならない。不器用なものが、懸命に魂を打ち込んで、ジリッジリッと上がってきた、こういう人には、器用一方の人は必ず押されてしまう。そんな人のつくったものには、底光りのする何かがある。滋味がある。だから、妙に人をひきつけるのだ」”

料理のポイントやレシピを本から真似をして、この言葉を知って不器用な筆者が少しでも優秀な家庭の料理番になりたいと気合いが入ったのは言うまでもない。

天皇の料理番 (上) (集英社文庫)天皇の料理番 (下) (集英社文庫)

 

文/cloud9

経歴:ラジオ局勤務、空港職員、IT関係、フードコーディネーター職などを経て現在は主にフリーライターとして邁進中。好きなことは、食べ歩き、旅行、料理、大相撲観戦、パワースポット巡り。好奇心旺盛でおっとりマイペースなタイプ。

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